2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

庶民を顧みない開発会議と政治の現実 ~社会の分断と公人の無関心

庶民を顧みない開発会議と政治の現実 ~社会の分断と公人の無関心

グローバリズムの掛け声とは裏腹に、これから世界はますます分断し、互いに相容れない階層 VS 階層の闘いになっていくだろうと思います。人種や民族間の対立もそうですが、その中でさらに上・中・下と分かれ、縦横に複雑化していくのが未来の社会であろうと。あるいは、上・中・下の階層の方が、人種間、民族間の対立よりも更に根深く、センサティブな問題になるかもしれません。なまじ同胞であるが為に、嫉妬や焦りもいっそう激しく、競争心や敵愾心を掻き立てられやすいからです。

本作では、開発初期から地元に根を張ってここまで発展した既存社会と、既存社会の築いたインフラにただ乗りする形で食い込んできた新興勢力との対立を描いています。十分に公的支援の得られない中、時に自腹を切って、道路を拡張し、港を整備し、通信網を張り巡らせてきた既存社会のツワモノから見れば、優先的に公的支援を得て、彼らの築いたインフラにただ乗りし、権益を横取りしようとしている新興勢力は脅威であり、不公平でしかありません。しかし、新興勢力から見れば、これも自由競争の結果であり、自分たちに責任はない、こちらが発展すれば、その利益は回り回って、既存社会にも行き渡るではないか、という言い分があります。

それだけならまだしも、新興勢力がより活動しやすくなるよう、小さな島社会に二つの経済特区を設け、精神的にも二分しようとします。

その動きに危惧を感じたリズが、見合い相手のウィレム・ヴェルハーレン市議に頼んで、経済特区開発会議を傍聴する場面です。

あくまで理想を固持するリズに対し、大物議員の令息で、社会経験にも長けたヴェルハーレンは、政治の現実を説きますが、リズは「あなたも所詮は外の人=傍観者」と非難します。これほど大勢が苦しんでいるのに、淡々としていられるのは、ある意味、そこまで思い入れがないからです。

あくまで自身のスタンスを崩そうとしなかったヴェルハーレンも、リズの懸命の働きを見るうち、次第に考えを改めるようになります。

たとえ考えや実力は未熟でも、自身も本気になって初めて、世の中を動かせるからです。

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

庶民を顧みない開発会議と政治の現実

※ リズはアステリアの未来を憂い、市会議員ヴェルハーレンと経済特区開発会議を傍聴するが、現実主義のヴェルハーレンとは意見を異にする

リズはウィレム・ヴェルハーレンの招きで「経済特区開発会議」を傍聴した。

場所は、エルバラード議事堂に隣接する第一庁舎の二階会議室だ。ホール奥に設置された傍聴席にヴェルハーレンと並んで座り、議員や担当官の発言に耳を傾ける。

トリヴィアには八つの経済特区がある。エルバラード周辺に三カ所、ネンブロットに四カ所、そして、アステリアだ。

トリヴィアとネンブロットは一つの自治領に統合され、例えるなら「本県」と「海外県」の関係だが、アステリアは『属領』であり、トリヴィアに直接統治される。独自の法律も持たず、立法権もなく、トリヴィア政府が任命した十二人の管理委員によって区政が執り行われる。区議会は存在するが、あくまで産業活動や区民生活に関わる条例を定めたり、問題を提示したり、今後の方向性を話し合う程度だ。全ては主管である産業省に委ねられ、トリヴィア政府の意向に左右される。

もっとも、総人口が十万人弱のアステリアが、経済的にも政治的にも完全に独立した自治領になるのは不可能だ。ネンブロットのように独自の法体系や立法機関を有する「海外県」のような存在になるにも、アステリアは一回り規模が小さい。まして用地不足で許容人口は四十万人が限界と言われる中、アステリアがトリヴィアの干渉を受けずに独自の裁量で前進するには、あまりに基盤が脆弱であった。

かといって、アステリアが観光と海洋産業だけで持っている辺境の星かといえば、決してそうではなく、ティターン海台の採鉱プラットフォームは二基、三基と後発の計画が控えているし、ウェストフィリアの探鉱も着々と進んでいる。来年にはオデッサ湾に大型船も係留可能な港湾設備が建設され、ますます開発に弾みがつく見込みだ。それ以外にも、海水から希少元素を抽出する技術や、特殊な化学素材を製造する技術など応用も進み、ポテンシャルは計り知れない。

それだけに、新たな財源としてアステリアを利用し、影響力を留めたいトリヴィア政府と経済界の思惑は予想以上に根強い。税制、ロイヤリティ、投資誘致、管理委員の選定など、重要な決定権をアステリアに委譲するわけがなく、その意向はどこまでも利己的で、支配的だ

リズは眉をひそめ、時に大声で叫びたい気持ちを必死で堪えながら、訳知り顔の議員の発言に耳を傾けている。

アステリアの未来を決める重要な会議が何故アステリアの内部で行われず、一度も訪れたことのない人たちの間で取り沙汰されなければならないのか。

リズは『One Ocean, One Heart』の理念を胸に浮かべながら、傾聴するだけで何も出来ない自身の無力を噛み締めるばかりだ。

<中略>

「開発会議の感想はいかがです? 似たような議題の繰り返しで、いい加減うんざりしたでしょう」

するとリズは初めてヴェルハーレンの方を向き、
「政府は本当にアステリアを二分するつもりでしょうか」
と懸念した。

「二分した方が管理しやすいのは本当ですよ。ローレンシア島には現状に応じた制度を維持し、これから大きな発展が見込まれるローランド島とウェストフィリアには、より企業が活動しやすい新しい制度を設ける。今でさえペネロペ湾周辺には大企業や富裕層が続々と進出し、投資額でも税収でも大差がつき始めています。停滞する地方都市と急上昇する都心に同じ税制や政策を適用しても、かえって発展を阻碍するだけでしょう。それよりは、足の遅い選手と速い選手のレーストラックは分けた方がいいという考えですよ」

「だけども、不公平が生じて、争いの種になりませんか」

「多少はあるでしょうね。場合によっては、産業が一方に集中する事態になりかねません。でも、元々、人口十万弱の小さな社会です。憂うほどの結果になるとも思いませんが」

私が懸念しているのは、人々の心情ですわ。ローレンシア島には何十年も前から裸地のような所に根を下ろし、自腹を切る覚悟で事業を推し進めてこられた方がたくさんいらっしゃいます。みな、アステリアの自由公正な社会の空気に触発され、希望を繋いでこられたのです。そして、今、アステリアは見違えるように豊かで便利になりました。それは単に技術の進歩や経済政策の恩恵ではありません。資本の乏しい会社でも、コネクションのない人でも、ここなら真っ当に報われるという希望があったからです。知恵を絞り、汗を流せば、誰でも活躍できる社会です。だけども、そこに不平等な制度を敷き、後から来た者ほど有利という状況になれば、人の心も挫かれます。制度が整ったところで、肝心の人にやる気がなければ、どんな発展が見込めるでしょう。社会は陸上競技ではありません。走りの遅い人でも仕事に甲斐を感じるのが真の幸福というものです

リズが淀みない口調で返すと、ヴェルハーレンも一瞬言葉に詰まったが、
政策とは一種の賭けですよ。どんな方策を立てても、百パーセント有効な手立てなど存在しない。ならば、少しでも確率の高い方に賭けた方が有利でしょう。あなたの考えは理解できますが、現状を見る限り、それぞれの経済力や成長率に適った制度を適用した方が、ある意味、公平といえます。経済特区を二分したからといって、明日にも戦争になるわけではないでしょう?」

「でも、一つの海に二カ国という状態になりますね」

「まあ、大げさに言えば、その通りです」

「それが人の心を挫くと申しているのですわ。考えてもみて下さい。このエルバラードでさえ、実質的には上層と下層がきれいに二分しています。今や、エルバラードの発展に心を尽くそうという気運がありますか? 上層は上層だけの利益と暮らしを考え、下層はそんな上層に憎しみを抱くだけ、意欲も希望も持てずにいる。私たちの祖先がトリヴィアに移住を始めた時、そのような分裂はなかったはずです。誰もが可能性を信じ、心を一丸にしてエルバラードを建設したはずです。アステリアもそのようにして今日まで発展してきました。それが明日から線引きされ、新しく来た者ばかりが優遇される様を目の当たりにすれば、憎悪も生まれるのではないでしょうか」

「何もそこまで差別しようという訳ではないと思いますよ」

「でも、実際、メアリポートの改修工事は棚上げされたままですね」

「そうなんですか?」

「何もご存じないのですね。セントクレアに大学を創設する話も、ウェストフィリアの生物探査も、ローレンシア島の内陸を農地や牧草地として拡張する話も、全て棚上げされたままです。一方で、ペネロペ湾には次々に湾施設やリゾートホテルや高級分譲地が建造され、今度はパラディオンまで作ろうと気炎を上げているではありませんか。それも今日の開発会議のように、ローレンシア島の現状はおろか、アステリアの海を目にしたこともないような人たちの間で取り決めされるのです。これがいかに不条理で、人を愚弄したものであるか、あなたにもお分かでしょう?」

「ですが、トリヴィアやネンブロットのように広大な土地があるわけでもなく、今でさえ用地不足に直面して、集合住宅の増設すらままならない島に、そこまで大きなことは期待できませんよ。確かにこの三十年、あなたのお父上をはじめ、産業界の雄志が一丸となり、英雄的な活躍をされたのは理解できますが、何もない平原にゼロから町を作るのと、既に成熟したものを更に押し上げるのでは、目標も戦略も異なります。ここは一度立ち止まり、次代に向けた施策を一から練り直すのが賢明とは思いませんか」

そして、あらぬ方向に突っ走っても、誰も何の責任も取りはしないのです

リズは咎めるような視線を向けた。

あなたも結局は『外の人』なのですわ。あの海で粉骨してきた人々の胸の内を知れば、簡単に次代などと口にすることはできません。もし、あなたのお父さまが何一つ報われず、時代の流れに掻き消される様を目の当たりにすれば、あなただって意欲を無くすでしょう。あなた方がなさろうとしている事は、施策という名の掠奪です。それが施された後には、稚魚の育つ川床さえ失われているのです」

「あなたの仰りたい事は理解できなくもありません。しかし、その時々の社会の現状と許容能力に応じた施策を選ぶことも、百年の計と同じくらい重要です。それは、あなたの理想と大きくかけ離れているかもしれませんが、無駄を省き、効率的に進めることもまた正義ですよ

「だとしても、アステリアの未来は、アステリアに住む人々が決めるべきだと思いませんか? なぜ海を見たこともない人が、海洋都市のあり方を論じるのです」

「自治権のことを仰っているのですか?」

「突き詰めれば、そうです」

「だが、それには一定の人口が必要ですよ。あの二つの小さな島に、百万もの市民が居住できるとは到底思えない」

リズはじっと黙っていたが、
もし、そのアイデアが実在するなら、どうなさいます?

「どう、って……この目で見てみない事には何とも答えようがありません」

ヴェルハーレンは気圧されたようにハンドルを切ると、大交差点を大きく右折した。

やがてガーデンスクエアのあるオフィス街まで来ると、リズは窓の外を向いたまま「ここで結構です」と言った。

「そんな。まだ三百メートルほどありますよ。エントランスまでお送りします」

ヴェルハーレンは強い口調で押し返し、ガーデンスクエアの共用駐車場に乗り付けた。

「ありがとうございます。もうここで結構です」

リズは機械的に答えると、すぐに車を降りようとした。

「あなたを怒らせましたか」

「……」

「だとしたら、申し訳ありません。僕もついつい本気で意見してしまいました。──いや、本気などという言い方はかえって失礼ですね。あなたを見ていると、嘘も本気になる。つまり、その、あなたにはそれだけの気魄があるという意味で、決して愚弄しているわけでは……」

ヴェルハーレンもまた言葉に詰まると、リズは膝の上で両手を握り、

「いろいろとやりきれないのです。気持ちばかりで、自分では何一つ動かすことができない。まるで手のない人形みたいに、茫然と世界を見詰めるだけで……」

「あなたがそこまで責任を感じることではないでしょう。そんなことを言い出せば、この世の人間はみな無力ですよ」

「それでもやらねばなりません」

「何の為に」

「海に生きる人々の為です」

リズが真顔で答えると、ヴェルハーレンは小さく溜め息をついた。

「どうやら、あなたは雲の上の人らしい。頭の中は社会正義と責務でいっぱい、女神みたいに地上を見下ろしては、人の世の醜さを嘆いてばかりいる。決して嫌みではないですよ。公務に就いている僕でさえ、そこまで人生を傾注する覚悟はありません。休む時は休むし、遊んでいる間は世の中の不幸などすっかり忘れてます。それが利口とは言いませんが、あなたも少し自分を許せばどうです? いつもいつも社会問題に心を痛めるのではなく、もっと自身の愉しみや女性らしい幸福に身を委ねるのです。あなたを見ていると、今にも緊張の糸が切れて、その場に頽れそうですよ」

リズはじっと黙っていたが、「どうしても許せぬ自分もおりますわ」と答えると、再びドアを開けて車を降りようとした。

「待って下さい」

ヴェルハーレンは思わず身を乗り出した。

「不快にさせたなら謝ります。あなたが相手だと、僕もつい本気で話してしまう。本気だから、無骨な物言いにもなるのです。本気で心配しています。少し身も心も休めた方がいい」

「心配して下さって、有り難うございます。でも、私ももう子供ではありません。自身の問題は、どれほど苦しくとも自分で始末をつけますわ。アステリアのことも、理想主義と嘲られても、自身の考えを貫く所存です」

「だからこそ、力にならせて欲しいのです。考えは違っても、あなたを案じる気持ちに変わりありません。あなたにも無私の気持ちで力になってくれる友人は必要でしょう。こんな事は言いたくないが、父は政界でまだまだ影響力があるし、有力な知人もおります。それが本当に論議に値することなら、父も看過しませんし、父が動けば政も大きく動きます。あなたの理想が正しければ、多数の賛同を得るのも決して不可能ではないでしょう。どうか、僕の心配を受入れて下さい。決して遊びや上辺ではない」

「ならば、アステリアのことも、どうか親身に考えて下さい。あの海には、父の事業に人生を懸けた方々が、今も骨身を惜しまず仕事に打ち込んでおられます」

「――お約束します」

「では、今度こそ失礼致します。人を待たせるわけにいきませんので」

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最終更新日: 2018年4月5日 初回公開日:2017.10.06

海洋小説『曙光』MORGENROOD

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