2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

「強くなりたい」という願いがありますが、「心の強さ」と「気の強さ」を取り違えている人も多いのではないでしょうか。心の強さは折れない強さで、「言いたいことがはっきり言える」とか「周囲の目を恐れない」みたいな気の強さとは異なります。そして、多くの人は、後者を「強い」と思い込み、虚勢を張ったり、強気に出たりする。一時は相手に打ち勝てるかもしれませんが、元々、強いわけではないので、自分よりもっと強気な人や優れた人に出会うと簡単に心が折れます。相手に勝ったと確信するまで、がむしゃらに頑張るので、いつか疲れて、挫折します。本当の心の強さは、競うこともなく、落ち込むこともなく、淡々粛々と生きていくものなのですが。

本作では、堤防を守りに戻って、高潮に呑まれた父の死を理不尽に感じ、その怨みを故郷の再建コンペや人間関係にぶつける主人公の姿が描かれています。
父の死の真相を知って、その怨みはいっそう激しいものになります。
それに対し、上司であるアル・マクダエルが教えるのは、『本物の心の強さ』です。
本当は人一倍繊細で、一人で生きていけるほど強くもないのに、「そうあらねば」の一心で、がむしゃらに頑張ってきた主人公に、心の目を開かせる場面です。

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

概要

一方、本採鉱を前に、幼馴染みのヤンから思いがけず電話が入り、父の最期を聞かされる。ほんの数分差で命を落としたことを知ったヴァルターは再び激しいショックを受け、接続ミッションどころではなくなってしまう。彼を慕うリズは励まそうとするが、近付く術もない。そんな中、主任会議が開かれ、アルはヴァルターに心構えを言って聞かせる。

抜粋

本当の心の強さとは:意地ではなく素直さ

※ ミッション前日、ヴァルターは父の死の真相を知り、衝撃を受ける。憔悴しきった彼に、アルは心の強さについて言い聞かせる。

「だが、父が死んだ事実はどうなるんだ。どうやって納得しろと?ほんの数分差で運に見放されて、我先に逃げた人間が生き残る。運命は何も助けない。正義も報われない。理不尽な現実があるだけだ

「たとえ、そうだとしても、お前はこの先も生きてゆかねばならん。父親がどんな死に方をしようと、どんな理不尽を目の当たりにしようと、物事は待ってはくれない。そうだろう?」

「……」

「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出して、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親はもはや無い。口先だけの人だったと失望し、お前との関係も、生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。それでもまだ父親の死は無駄で理不尽だと恨み、のたうつか?人間にとって命に勝る宝はないが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は自分の命より息子の前途を取った。身をもって生き様を示すことが、後々、お前の支えとなり、心の導きになると信じたんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」

「……」

「もういい加減、目を覚ませ。理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが天頂に上る。その一つ一つを不正だ、不平等だと喚いたところで、縦の物が横になるわけではない。どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ。この世で生き続ける限りはな。だからといって、決してお前に理想を捨てろとは言わない。自分が正しいと信じる指針は大事にすればいい。だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。それは決して正義の敗北ではない。相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機を広げることができるんだ。いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のように、もっと狡猾な相手に頭から食われるだけだ。それよりも心を開いて、世間に飛び込め。プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。お前が何をどう頑張ろうと、この世のことは人次第だ。人を動かさぬ限り何も変えられない。人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人間なんだよ。──そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。弱いと思うなら、弱いなりに生きてゆけばいいじゃないか。なぜ無理に鋼になろうとする? 世の中には蟻のような逞しさもあれば、水のような強さもある。感じやすい性質だからといって、知性や精神力まで劣るわけじゃない。恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。お前は皆の信頼を得てる。それが一番の資本だ」

<中略>

お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない。力は弱り、失うこともあるが、強さはもっと柔軟に人生を支えてくれる。明日、『助けてくれ』と言えたなら、その意味が解るだろう。明日はプロとして操縦席に座れ。今まで矜持をもってやってきたことだ。お前なら出来るはずだ」

深海:ムーンプールから覗く、もう一つの宇宙

※ ミッション前夜、リズはヴァルターを慰めようと、彼の元を訪れる。二人はムーンプールに向かい、ミッションが行われる海面を見つめる。

二人はブリッジを出ると、選鉱プラントの階段からレベル・マイナス1に降りた。

どこも薄暗く、船の機関室のように轟々とエンジン音が鳴り響いている。まるで監獄みたいな通路を足早に突っ切り、スチール製のドアを開くと、ムーンプールに行き当たった。一辺一〇メートルの開口部は黄色い二重の手摺りに囲まれ、激しい水音が巨大洗濯機みたいに辺りに鳴り響いている。

ヴァルターはクレーンの操作ブースに備えられている白いヘルメットをリズの頭にかぶせると、上半身に八の字の襷のような安全ベルトを装着した。それから背中の留め具に幅広のゴムバンドを取り付け、もう一方の先端を支柱のフックに固定する。

リズは高層ビルの作業員みたいにベルトとバンドでぐるぐる巻きになった自身の姿に、「なんだかプードルみたいね」と恥ずかしがったが、ここでは安全装置は必須だ。プールに落ちれば海面に叩きつけられたショックで気を失い、あっという間に波に呑み込まれて絶命する。彼も手早く安全ベルトとヘルメットを装着すると、リズの背中を抱いて手摺りまで誘導した。

手摺りをしっかり掴み、恐る恐る足下を覗くと、はるか下方に暗い水面が見える。まるで海底から波動が突き上げるように水が右に左に打ち付け、高さ数十メートルの断崖絶壁を覗いているみたいだ。

「すごいわ。海のエネルギーをぎゅっと圧縮したみたい。この水面が水深三〇〇〇メートルの海底まで続いているのね」

そうだ。砂浜から見れば静かに横たわっているように見えるが、内側には計り知れないエネルギーを秘めている。何千年とかけて惑星の隅々に物質を運び、岩を削り、熱を伝え、そのメカニズムを知れば、波の一つ一つが惑星の呼吸に聞こえる

「そのエネルギーが海台クラストを作ったのね」

「クラストに限らず、海底の鉱物は、潮流、噴火、風雨、微生物、あらゆる自然現象の結晶だ。海はそれを何百万年、何千万年と懐に抱いて醸成させる。今こうしている間にも新たな鉱物が作られ、星の形状を変えて行く。海はまさに生きているんだよ」

「そんな海の深い所から、どうやって鉱物を引き上げるの?」

「最初に破砕機でクラストだけを剥がし、次に集鉱機で掃除機みたいに掻き集める。集鉱機に繋がった揚鉱管には流水が循環していて、高圧水中ポンプで内側を負圧にすれば、圧力差で吸い上げることができるんだよ。ストローみたいにね」

「でも、全長三〇〇〇メートル以上でしょう。揚鉱管が途中で折れ曲がったりしないの?」

「揺れに合わせてプラットフォームも移動するから、よほどの事がない限り、ぽきんと折れることはない。いざとなれば、集鉱機から揚鉱管を離脱して、半時間ほどで海上に揚収できるそうだ」

「だけど、真っ暗で、投光器で照らしても何も見えないのでしょう」

「そうだね。よく見えても半径数メートルだ。カメラの視界はもっと限られる。陸上なら簡単に接続できる作業も、深海では水圧や暗闇との戦いだよ。電気も電波も届かないからね」

「それでも、やるのね」

「そうだ。皆それを目指して何十年と打ち込んできた」

「そして、あなたも」

Product Notes

海上リグのムーンプールはこんな感じです。

中央で左右に揺れているのが、石油リグの揚鉱管(ライザーパイプ)です。

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

//drive.google.com/file/d/0B-RKK97iKB34ajR0YVJGREhfeE0/view?usp=sharing

最終更新日: 2018年5月21日 初回公開日:2017.09.17

海洋小説『曙光』MORGENROOD

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