2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

同じ顔ぶれ、同じ資本が跋扈する ~なぜ社会のビジョンが必要なのか

同じ顔ぶれ、同じ資本が跋扈する ~なぜ社会のビジョンが必要なのか

「社会を変えよう」「○○改革」と簡単に言うけれど、一度、固定した階層や構造を変えるのは容易ではありません。学生のクラブ活動ならともかく、様々な業界や団体が縦横に絡み合い、数億、数十億、あるいはそれ以上のお金が行き交う中で、一つの仕組みを変えることは、あるものを否定し、あるものを解体することでもありますから、たとえ素晴らしい発案であっても、誰にでも歓迎されるものではありません。それまで多大な利益を得ていたら、当然、反発は起きますし、高見ををねじ曲げてでも、”従来通り”を押し通そうとするのがこの世の中です。『改革』の掛け声で、全てが理想通りに運ぶなら、これほど楽なことはありません。

だからこそ、新しい事業なり、システムなり、構築する時は、数十年後の先々を見据えて、最初の青写真を描かなければいけない。

今はこれがトレンドだから、とりあえず上手くいけばいい、みたいに、その場限りの思い付きで基礎のフレームを構築しても、将来的に必ず歪みが生じるからです。

たとえば、昭和の時代には、高齢者の医療費=無料というのがありました。
(参照『その昔、老人医療費(自己負担)は無料でした(厚生年金・国民年金情報通)』『高齢者医療制度について(1)高齢者医療制度の歩み』)。
人口増加や経済成長が永遠に続くと見込んだ上での、ザルみたいな制度設計です。1980年代に入り、「高度経済成長やワークスタイルの変化などにより、昔ながらの家族制度が崩壊し、核家族化が進行」「女性が結婚しない、子供を産まない」といった現象が顕著になり、将来の少子高齢化、医療財政の破綻の影が見え始めた時、制度を変えようにも、簡単には変えられなくなりました。一度無料で与えたものに課金するとなれば反発は必至だし、業界や政界を代表する者も、負担を求める憎まれ役にはなりたくない理由があるからです(意味分かります?)。

こうした初期の制度設計のミスが、数十年後に、修復不能なほど深刻な事態を引き起こすなど、当時の政治家も、業界人も想像だにしなかったでしょう。(それだけが原因ではないですが、医療福祉=タダの誤解をもたらした過ちは大きい)

だけども、永遠に順調な経済成長は続かないことを考えれば、破綻のシナリオも予想できたはずだし、無料で医療を丸投げすれば、どこに負担がかかるかも目に見えていたはずです。にもかかわらず、無料の制度は導入され、医療費増大を加速させました。その結果は、今、皆さんが知る通りです。

最初に制度を設計する時、「状況が変われば、いつでも書き換え可能」みたいに、安直な発想でスタートを切ることも多いですが、一度、形作られたシステムや構造を変えるのは容易ではありません。何十億、何百億の金銭が絡む分野であれば、尚更です。

本作では、富裕層向けの海洋リゾート『パラディオン』の建設が、トリヴィアの悪しき習慣や構造をアステリアに持ちこみ、そのまま固定してしまうことを懸念する理由が描かれています。

たかがリゾート、たかが湾岸開発かもしれませんが、一度、形作られた権益の仕組みは、途中で過ちに気付いても、簡単には変えられないのです。

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

概要

建築と社会とCivilizasion 人工島の海洋都市と社会の未来図の続き。急ピッチで湾岸開発の進むローランド島に、有名建築家フランシス・メイヤーが『パラディオン』という壮麗な海上都市の構想を持ち込み、トリヴィアの有力者や富裕層と結託して、第二の財源を築こうと画策している。その動きに気付いたアルは、パラディオンの対案として、ヴァルターの『リング構想』に期待を寄せるが、当人はその価値に全く気付かず、リズに「その気にさせろ」と持ちかける。

抜粋

社会の停滞:同じ顔ぶれ、同じ資本が跋扈する

※ なぜパラディオン建設が問題なのか、アルが娘リズに言って聞かせる。

「子供の頃、祖父によくトリヴィアの歴史を聞かされた。開発ラッシュの中、どのようにファルコン・グループが経済と政治の中枢に食い込み、トリヴィアの全てを牛耳るに到ったか。その為に幾多の企業が足場を奪われ、撤退や閉業に追い込まれたか。人間の大欲非道は大航海時代から何も変わってない。武力が資本に置き換わっただけで、支配の構図は同じだ。力のない者は無念の涙を呑むだけで、どこにも救いはないのだよ。祖父はそんな現実をつぶさに見、考え続けた。我々にも一つだけ出来ることがある。それはファルコン・スチール社の独壇場だったニムロディウム精製法を遙かに超える技術を編み出し、屑みたいな低品位の鉱石も高純度のニムロディウムを取り出して、ニムロデ鉱山に完全依存した市場に風穴を空けることだ。そして、そのように成した。完膚無きまで――とはいかないが、あれをきっかけに反ファルコンの機運が高まり、小さな企業にも活路が開け、ネンブロットの鉱業や金属業の在り方まで大きく変えたのは周知の通りだ。そして、次は海台クラストの採鉱が新たな扉を開こうとしている。今は小さな流れだが、いずれダムに穴が空くように世界の様相を変えるだろう。それが直ぐさま、ファルコン・グループの一党支配を突き崩し、この世に正しい秩序をもたらす訳ではないが、道筋はできると信じている。だが、勢いでは連中の方がはるかに強い。雨雲は朝日も遮るのと同じだ」

「それは分かるけど、彼の『リング』にどんな関係があるの」

「今、ローランド島のペネロペ湾に一つの構想が持ち上がっている。内湾に直径七キロの海上都市を築き、湾岸に一大商業都市を開発する計画だ。名前は『パラディオン』という。前から噂には聞いていたが、今月になって全貌を現した。いずれ大勢がその絵を目にするようになるだろう。もう一つの海のリングだ」

<中略>

問題はパラディオンだ。それが実作されれば、住居、オフィス、公共施設が一体となった、新たなゲーテッド・コミュニティとなる。海と空からしかアクセスできない、離れ島のような富裕層向け居住区だ。ペネロペ湾では、トリヴィアの治安悪化と飽和状態に嫌気の差した富裕層が早速触手を動かし、湾岸の高級物件を抑えにかかっている。パラディオンの建設が本決まりになれば、有利な用地と利権を求めて巨額の金が動くだろう。それが呼び水となって、いっそう強固で閉鎖的なコミュニティが出来上がる。その後はトリヴィアと同じだ。同じ顔ぶれ、同じ資本がアステリアに跋扈し、構造も仕組みも固定される。そうなれば、小さな企業も果敢にチャレンジできた自由公正の気運も失われ、同じ過ち、同じ悲劇が繰り返される。一度、力で押し切られたら、あとはドミノ倒しだ。そう簡単には覆せなくなる。そうなる前に皆が結束することだ。今のように個々がばらばらの方を向いて、どちらに走ればいいか分からない状況では、指揮官のない船団みたいに、あっという間に蹴散らされる。だが、一つの指針と目的に導かれた大船団になれば、無敵艦隊も撃沈できる。要は誰がその絵を描き、大衆に納得させるかだ。パラディオンの目くらましにも決して左右されない、確固たるビジョンだよ

<中略>

「わしは彼のアイデアを盗用するつもりなど毛頭ない。できれば彼に先鋒になってもらいたいぐらいだ。だが、今は無理だ。彼が自分で自身のアイデアの価値を信じない限り、説得力はない。自分でも半信半疑、わしに指示されたから何となく取り組むようでは駄目なのだ。まして、ここに永住する気もないのであればな」

「永住――」

「そうだよ、リズ。揚鉱管を繋ぐだけなら二年の腰掛けで十分だ。だが、『リング』のように数十年、数百年先のビジョンを描くなら、この地に骨を埋める覚悟がなければ到底人は動かせない。だから、待っている。彼の方から言ってくるのを。目を開き、この海を見据えれば、必ず自身のアイデアの価値に気付くはずだ。実際に建設できなくても構わない。小さな島社会にも『百万人が暮らす海洋都市』に発展する可能性があると分かれば、いろんな流れが変わってくる。トリヴィアの属領として力に押し切られ、言いなりになる未来ではなく、住民自ら未来を切り開く道だ。『リング』はシンボルだ。それも実作可能な、分かりやすい絵だ。あれは人を動かせる。言葉に説得力を持たせ、万人に分かりやすく説示することができる。海洋情報ネットワークのプレゼンテーションを見ただろう。あれはまぐれじゃない。どこで身に付けたかは知らないが、何万、何十万もの聴衆を引きつける言魂をもっている。彼なら臆せず自身の理念を語れる。だが、それには彼自身の心が動かねば駄目なのだ」

なぜ未来の『絵』が必要なのか

※ アルの話に混乱したリズは、伯母のダナと話し合い、父の真意を問いただす。

「アステリアに新しい指針が必要なのは分かるわね。このままだとファルコン・グループや有力者に食い荒らされ、せっかく芽吹いた自由公正の気運も死に絶えてしまう。ここなら存分に腕試しができると、技術力のある会社や有望な起業家が次々に集まり、本当の意味で切磋琢磨できる市場を開拓してきたけど、それも悪しき資本と政治力が結託し、新芽を摘みにかかれば、二度と萌え出ることはないわ。それもこれも『属領』『経済特区』という曖昧な位置づけゆえ。区民も違和感を感じても、自治権も選挙権もなければ為す術もない。だけども、アステリアにも百万人が暮らす海洋都市の建設が可能と分かれば、個々の意識も変わってくる。その絵を示せるのが彼だと、アルは言いたいのよ」

「絵にそれほどの力があるの?」

「採鉱事業計画をMIG執行委員会で初めてプレゼンテーションする時、アルは採鉱プラットフォームのイメージをマルティン・オイラー氏に描かせたの」

「オイラーさんに?」

「水深三〇〇〇メートルの海底から鉱物資源を採掘しますといっても、予備知識のない人には何の事かさっぱり分からないでしょう。でも、採鉱プラットフォームのイメージを見せれば、人は瞬時にその概念を理解する。オイラー氏も専門ではなかったけど、ステラマリスで実際に稼働していた採鉱システムを参考に、アルのビジョンを具象化して見せた。それで執行委員会もアルが成したいことを理解し、話が前に進んだの。リングも同じよ。どれほど海の可能性や独立を説いても、言葉で伝えられることには限界がある。でも、理念を如実に表わす絵があれば、人は瞬時に理解する。建築パースやCM動画みたいに。かといって、実現不能な絵を示しても大風呂敷の夢想家と笑われるだけ。まして直径十五キロの二重ダムなど、誰が真に受けるの。そうではなく、きちっと技術検証を行い、実作可能と分かれば、人々の受け止め方も全然違ってくる。アルが密かに専門家を雇い、基礎設計や構造計算を依頼したのはその為よ。何も彼のアイデアをまるまる盗んで、自益とするのが目的ではないのよ」

「それでも難しいわ。誰も彼の話に耳を傾けなかったらどうするの」

「それも機運によるわ。物事にはそれを成す絶好の機会があって、そこに乗れば、案外すんなり行くものよ。ここ最近のウェストフィリアやペネロペ湾の動きを見る限り、世論が動くのもそう遠くない話でしょう。ここまで来てハヤブサ頭を見たくないのは誰しものことだから」

「だったら、尚のこと、本人と正面から話し合うべきでしょう。あの人は事情が解れば協力してくれる人よ」

「そうね。でも『人に頼まれたから』では駄目なのよ。自分で腹の底から必要性を実感しなくては。MIGでも企画を形にして成功に導く人には共通点がある。みな自分のアイデアに確信を持っていて、何が何でもこれを製品化したいという情熱があることよ。自身のアイデアを具現化する為なら、勉強や実験に五年十年とかかっても労苦を惜しまない。そういう強い動機と気概をもった人だけがアイデアを形にすることができるの。アルに頼まれて、「じゃあ、やります」程度の気持ちでは、到底世界の潮流を変えるようなものは生み出せないし、周りの人の心も動かせない。まして、あの人は二年後にステラマリスに帰るかもしれないのよ」

Product Notes

『パラディオン』の元ネタは某建築家のCG画です。どのCG画かはヒミツです。

ドバイの人工島も参考になりました。

ユニークな海洋リゾートといえば、ドバイの「パーム・ジュメイラ」でしょうか。沿海を埋め立てるのに、どれほどの土砂を使ったのか、聞いてみたい。

現在建設中の『パーム・ジェベル・アリ』もゴージャス。

ドバイの湾岸も、やりたい放題ですよね。私には一生縁がなさそうですが。

『海上都市構想』はこれからもユニークなプランが続々と登場すると思います。

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

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最終更新日: 2018年3月31日 初回公開日:2017.09.21

海洋小説『曙光』MORGENROOD

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