2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

無知は知の始まり オスカルさまと野菜スープ・貴族が貧者の現実を知る時

無知は知の始まり オスカルさまと野菜スープ・貴族が貧者の現実を知る時

※ 『ベルサイユのばら 第4巻』オスカルが暴漢に襲われた時、ロザリーに救われ、初めてパリの一般市民の暮らしを体験する場面にまつわるコラムです。

4年前(2004年)、ポーランドで長男を出産したのですが、妊娠8ヶ月頃、前駆陣痛(本当の陣痛の前触れ)が原因で初めて地元の公立病院に入院した時、破綻した医療財政をまざまざと見せつけるような設備やサービスの粗末さに唖然としたものでした。

こちらに来る前から、夫に「日本的なものは一切期待しないように」とよくよく言い含められていたので、ある程度のことは覚悟していましたが、「トイレもシャワーも粗末で、配管が壊れたら壊れっぱなし」「ベッドもサイドテーブルも錆だらけで、シーツは向こう側が透けて見えるほど」「内診台に仕切りカーテンは無く、分娩台は昔ながらの平らな寝台」等々、まるで昔の野戦病院もかくやと思われ、日本の病院の電動式ベッドや清潔なウォッシュレット・トイレ、最先端のハイテク医療機器などが夢のように思えたものです。

とりわけ言葉を失ったのが、1日3回の病院食でした。

オスカル風に表現すれば、

これだけ……?! これだけって……これはスープではないのか? 野菜の切れ端がほんの少し浮いているだけの、これが病院食だというのか? うそだ……私が知っている病院食と言えば、ほかほかの白いご飯に温かい味噌汁、野菜たっぷりの煮物に、メインはぶりの照り焼きかポークカツ、時には抹茶プリンまでついて……

さすがの私も、生まれて初めて「野菜の切れ端だけが浮いたスープ」を見た時には、オスカルのようにスプーンの先からピチョンとスープがこぼれて、頭の中が真っ白になったものです。

ちなみに、こちらの平均的な病院食は、

朝: パン2切れ、チーズ2切れ、ミルク粥(具なし)
昼: 野菜の切れ端スープ、鶏の足1本、マッシュポテト、煮込みキャベツ
夜: パン2切れ、ハム2切れ、カッテージチーズ大さじ2杯

「食事も治療の一環」と栄養士が綿密に献立を考え、温かい料理は温かいままに出てくる日本の病院とは大違いです。

財政破綻が影響しているのは設備やサービスだけでなく、医療職員に支払われる給与も同様です。立派な医科大学を卒業した町一番の専門医でさえ、フルに勤務して(当直も含めて)手取りはたったの8~9万円程度。外資系企業の若手社員の半分以下とも言われています。

何十年にもわたる政府の失策がポーランドの医療福祉に与えた打撃は計り知れず、これからまた何十年とかけて立て直してゆくのかと思うと、「病院でまともなご飯を食べられるのはいつの日か」と果てしなく感じます。

※ ちなみにEU加入後の積極的な経済政策により、ポーランドの経済は右肩上がり、サラリーマンの平均給与も日本の下層を上回っています(月収15万レベルが普通になってきた)。というより、日本の経済がまったく伸びてないというのが正解。

「ベルばら」では、野菜の切れ端スープを前に言葉を無くしたオスカルに、ロザリーが「すみません、お口にあわなかったんですね……。でも、もうパンも何もないんです、ごめんなさい……」と涙ぐみます。

すると、オスカルは、
「なぜお前が謝るのだ?私は今、自分がどうしようもなく恥ずかしいのだよ。何もかも知っているつもりでいた……与えられた毎日の生活を当然のものとして受けとめてきた……自分と同じ人間がこのような食べ物で生きているなどと考えてみたこともなく……
と答えます。

自分の『無知』を知った瞬間、これこそオスカルの第二の人生の始まりでした

親にお膳立てされた近衛兵の道を離れ、平民の寄せ集めであるフランス衛兵隊に入隊し、「生まれて初めて靴を履いた弟」や「一週間だけパンとスープにありついた母親」といったフランスの貧しい現実を知ってから、オスカルは繰り返し言います。
「私はこんなにも無力だ」と。
それは、頭の中だけの世界から抜けだして、現実と向き合い、実質的な人生を体験し始めたからでしょう。
この世のことを本当の意味で理解したからこそ、『自分』なんてどれ程のものかと思う――この気付きこそ大人の聡明さであり、新しい扉を開く原動力ではないかと思います。

これからますます交通や情報手段が発達し、地球の裏側の出来事を瞬時に知ることも、お散歩気分で外国を旅することも、当たり前のようになってくることでしょう。
その際、人間の生き方には二つあると思います。
マリー・アントワネットのように、「自分の治める国の国民がどんな暮らしをしているのか、ついに1度として尋ねることもなく」、自分の楽しみだけを追いかけて通り過ぎるか、オスカルのようにふと足を止めて考えるか、どちらかです。

もちろん、地球の裏側の現実を知ったところで、何がどうなるわけでもないし、映画『ホテル・ルワンダ』の言葉を借りれば、「TVで他国の虐殺のニュースが流れても、人々は『怖いね』と言うだけで、平然とディナーを続ける」、それが普通の感覚だと思います。

しかし、オスカルのように、「私の存在など巨大な歴史の歯車の前には無にもひとしい」と思い知らされたとしても、今持てる力で自分に何が出来るか、どんな風に生きたいかを考えることはできるのではないでしょうか。

それを考え抜いたオスカルは、銃弾に倒れたとはいえ、自分らしい生き方を叶えて、満足のうちに息を引き取りました。この充実感は、考え抜いた者にしか味わえない幸せだと思います。

※映画『ホテル・ルワンダ
2004年に制作された重厚な社会派ドラマ。1994年、120万人以上の犠牲者を出したルワンダ内紛において、1200人もの命を救ったホテル支配人の実話を元にしています。

この投稿は2007年~2008年にかけて”優月まり”のペンネームで『ベルばらKidsぷらざ』に連載した原稿のリライトです。
『ベルばらKidsぷらざ 東欧ベルばら漫談』の一覧はこちら

ベルサイユのばら 第4巻より

大貴族の令嬢で、宮廷の近衛隊長でもあるオスカルが、初めて下々の暮らしを知って、衝撃を受ける場面です。
自分では「分かったつもり」でも、何一つ理解していなかったことを思い知り、後のバスティーユ攻撃(革命側に味方する)に続く大きな転機となります。
心の目が開くというのは、こういう瞬間をいうのでしょうね。
数あるエピソードの中でも、特に好きな場面です。

オスカル ベルサイユのばら

オスカル ベルサイユのばら

ベルサイユのばら (4) (マーガレット・コミックス (124))

ポーランドの病院食

21世紀になっても、このレベルです。都市部の大病院はもうちょっとマシだと思いますが、概ねこのレベル。

一説には、病気中は美食しない方がいいという考えもあって、そういう意味では、ポーランドの病院食は本能に忠実かもしれません。
(病気中はもりもり食べて、栄養を付けた方がいいというイメージがあるけども、食物を摂取することで、かえって身体に負担をかけるので、体調が戻るまで、粗食にした方がいいという考え方です)

Polish hospital - meal served to patients

ポーランドの病院で、期限切れの食品や不衛生な食べ物が出されている、というニュース。
ポーランド 病院

一般病室はこんな感じ。電動ベッドもなければ、仕切りカーテンもないのが普通。
ポータブル便器で用を足す時は、衝立てを持って来てくれるけど、ベッド上でする時は、カーテンもなし。
着替えも、処置も、プライバシー・ゼロです。
「隣のベッドは見ない」という自主性で成り立っています。
ポーランド 病院

動画はデフォルメしていますが、現実です。

施設も、地方の公立病院は、このレベルです。今はもうちょっと綺麗になってますが。

ポーランド 病院

ポーランド 病院

平均的な地方都市の公立病院。しょっちゅうストとかやってる。

ポーランドでも高級とされる私立病院『PRO FAMILIA』でもこのレベル。
診察料、一回、1500円とか、3000円とか。現地通貨の感覚で5000円から1万円といったところです。
検査を受けると、それ以上。貧乏人が受診するのは絶対に無理。

こういう動画を見ると、「ああ、日本に生まれ育ってよかった」と思うでしょう。でも、その分、日本は異常な社会保障費が国民一人一人にのしかかって、超高齢化と労働人口減少が追い打ちをかけるから、一長一短です。

医療福祉の手薄な国で、医者いらずの健康な生活を心がけて、寿命がきたら、はい、サヨウナラで死を覚悟するか。

医療福祉の手厚い国で、高額な税金や社会保険費を払いながら、高度医療で寝たきりでも十年以上生き長らえて、その負担は労働層が負うか。

理想の国など、この世にありません。

最終更新日: 2018年7月16日 初回公開日:2018.05.22

海洋小説『曙光』MORGENROOD

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