2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

神は言葉なり 真理が世界を支配する『ザ・ウォーカー』

神は言葉なり 真理が世界を支配する『ザ・ウォーカー』

デンゼル・ワシントンのジャケット写真を見ると、マッドマックス風の近未来アクション映画が思い浮かぶが、『ザ・ウォーカー』はそれとはまったく質の異なる、斬新な作品だ。

ザ・ウォーカー(字幕版)

『マトリックス』シリーズのジョエル・シルバーが手がけた本作は、アクションよりも示唆に富んだ内容で、分かる人には分かるし、分からない人には何が面白いのかさっぱり分からない、退屈な映画だと思う。

イエス・キリストのとんでも歴史をテーマにしたダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』を筆頭に、キリスト教の基礎知識がないと意味が分からない作品が多いが、『ザ・ウォーカー』もその典型で、キリスト教圏における文化的政治的重みを知らないと、敵も味方も『一冊の本』をなぜそんなに有り難がるのか、さっぱり理解できないだろう。

逆に、少しでも素養があれば、冒頭でタイトルが出て来た時点で「あー、あれか」と分かってしまうし、多分、オチまで読めてしまうと思う。

ザ・ウォーカー デンゼル・ワシントン

だとしても、キリスト教徒が納得するような謎と比喩を上手にまとめている点で、非常に興味深い映画といえる。

物語は、核兵器で滅んだ大地を西へ、西へ、ひたすら歩き続けるイーライの旅から始まる。

その姿はぼろ布のように汚れきっているが、巡礼者のように清く、厳しい。

ザ・ウォーカー デンゼル・ワシントン

ザ・ウォーカー デンゼル・ワシントン

やがて彼はカーネギー(=ゲイリー・オールドマン)という支配者が牛耳る町に立ち寄る。

カーネギーは自らの権力を確かなものにする為に『一冊の本』を探し求めていた。

その本こそ世界を牛耳る力であり、混乱の世に必要な秩序だったからだ。

ザ・ウォーカー ゲイリー・オールドマン

カーネギーはイーライの並外れた剣術に惚れ込み、ぜひ町にとどまって、力を貸して欲しいと要請するが、西に行く使命を負ったイーライはこの申し出を丁重に断る。

だが、諦めきれないカーネギーは美しい娘ソラーラを彼の部屋に送り込み、籠絡するよう企てるが、清廉なイーライは乱暴なことはせず、ソラーラを食卓に招き、両手をとって祈りを捧げる。

主よ この食事を感謝します
このような寒い夜に屋根の下で
暖かいベッドで眠れることを感謝します

つらい時代に仲間と出会えたことを
感謝します
アーメン

ザ・ウォーカー デンゼル・ワシントン

イーライの美しい言葉に胸を打たれたソラーラは、カーネギーに「一夜を共にした」と嘘をつき、イーライを逃がそうとするが、夕べの祈りの言葉を口にしたが為に、イーライが『あの本』をもっていることがばれてしまう。

「お前が目にした革製の本の表紙には、どんな印が付いていたのだ?」と脅迫され、その印を指で作って見せるソラーラ。

ザ・ウォーカー ゲイリー・オールドマン

カーネギーは凶暴な部下たちに「人を集めろ 奴を殺す」と命じる。

「たかが本のために?」と訝る部下に、カーネギーは一喝する。

ただの本ではない!
あれは武器だ!
絶望した者の心をあれで狙い撃ちにすれば
自由に操れる
支配の手を広げるためには
あれが絶対に必要だ
人々は私の言いなりになる
あの本の言葉を説くだけで
昔の指導者はそうした
今度は私がやる
それにはあの本がいる

ザ・ウォーカー ゲイリー・オールドマン

狂ったように追うカーネギーと、逃げるソラーラとイーライ。

だが、銃を手にした十数人の男に太刀打ちできるはずがなく、イーライはカーネギーの銃弾に倒れ、本も奪い取られる。

それでも、西へ、西へ、旅を続けるイーライは、ソラーラの助けを得て、ついに目的の地に辿り着く。

一方、本を手にしたカーネギーは、部下に命じて、本をこじ開けさせるが、そこに書かれていたものは……。

ザ・ウォーカー ゲイリー・オールドマン

神は言葉なり 真理が世界を支配する

信仰心のない人から見れば、神も、聖書も、「人間の作り物」としか思えないだろう。

実際、その通りだし、今に伝えられる全てが「神の手によって成された」とは思わない。

聖書を編纂したのも人間なら、イエスの教えを伝え歩いたのも人間で、そこに一片の意図も野心もないとは言い切れない。

ある意味、『神』というのは、善的なインスピレーションと言えなくもない。

つまり、善性は元々人間の中にあり、それを文章化したのが聖書であると。

新約聖書の共同訳の冒頭には次のようにある。

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

参照→『新約聖書』「ヨハネによる福音書」(冒頭部分)

一つの教えを確実に広めようとするなら、言葉に優るツールはない。

言葉ほど、人間の感情と意識に強く働きかけるものはないからだ。

どんな人も絶え間ない思考の積み重ね――つまりは、言葉によって形作られる。

下品で凶暴な言葉は、そうした性質を加速するし、誠実で気品に満ちた言葉は、それにふさわしい人格を作り出す。

いわば言葉は精神そのものであり、思想や感情の根源となるものである。

そうした言葉の力を駆使して、至上の愛、永遠の真理を、形に留めようとした最高のものが聖書ではないだろうか。

もし、人間の本性が善でなければ――あるいは、欺瞞よりは誠実を、混沌よりは秩序を、尊ぶものではないとするなら、聖書もこれほど人と深く結びついたりしない。パウロが何を言い聞かせても、社会の隅々まで行き渡っても、一時のブームで過ぎ去り、イエスの言葉などとおの昔に忘れ去られていただろう。

にもかかわらず、数千年を生き抜き、今も人々と共に在るのは、やはりそこに真理があるからで、義務でも強制でもない、人間の心の働きが自ずとそれを求めるのだと私は思う。

『ザ・ウォーカー』に描かれた世界は、マッドマックスや北斗の拳のように、地上から一切の文化が失われ、戦争後に生まれた人々は字を読むことも、書くこともできない。獣ののように飲み、食らい、本能のままに暴力を振るうだけだ。

その中で、わずかに生き残った文明人が、なんとか戦争前の文化を保護し、人間社会に秩序と教育を復活させようとしている。その要となるものが、本と印刷技術であり、イーライに託されたのは、数ある本の中でも最強の言霊を有する聖書を後世に伝えることだ。いわば荒野の伝道師であり、巡礼者である。西へ、西へとひた歩く冒頭の場面が、どこかイエス・キリストの時代の荒野を思わせるのは、そんな含みもあるのだろう。実際、十二人の弟子たちの決死の努力により、イエスの教えがここまで広がったのだから、イーライはさながら未来のパウロであり、ヨハネである。

また彼の誠実に心を動かされたソラーラがそうであるように、人々が恐怖や暴力よりも、愛の言葉を求めるのは明白だ。

この乱世に聖書が絶大な支配力を持つと考えたカーネギーの動機ももっともで、ある意味、カーネギーこそが、人間の本性と支配の根源を誰よりも理解していたのかもしれない(ちなみに、映画の設定では、カーネギーだけが文字を理解し、本を読むことができる。部下も町の人もみな文盲)。

イーライの献身により、聖書は無事に目的の地に届けられ、これから世界中に広まり、人間社会に再び愛と秩序がもたらされるであろう……という含みで終わっている。

それはまた、歴史的な意識革命の境界でもある。

西暦が、イエス生誕前、イエス誕生後で二分されるのも、、ただ単に宗教的エポックだったからではなく、実際、イエスの教えの登場により、世界に新たな価値観と秩序がもたらされたからだろう。

『ザ・ウォーカー』も、紀元前にロールバックして重ね見ると面白い。

卓越した演技力と力強いアクションで定評のあるデンゼル・ワシントンが、中世の修道僧のような清貧と沈黙を身に付け、未来の伝道師になりきっているのも見応えがある。

アイテム

美術は『300 スリーハンドレッド』のような趣です。セットではなく、合成画像で、荒廃した世界観を作り出しています。
本の謎もこじんまりして、どんでん返しのある作品ではないですが、好きな人は好きですよね。
吹替は、イーライ – デンゼル・ワシントン(大塚明夫)、ビリー・カーネギー – ゲイリー・オールドマン(安原義人)という豪華版。
声の演技も楽しめます。

Amazonプライムビデオでも手軽に観賞できます。こちらからどうぞ。

初回公開日:2018.04.06

海洋小説『曙光』MORGENROOD

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